徳山ダム 2007年8月25日(土)
2007年8月26日 23:42
毎年8月最終土日は「三菱ジープ J30オーナーズクラブ中部 キャンプミーティング」が岐阜県揖斐川町粕川キャンプ場で行われるのだが、惜しいことに夏場は暑い。僕は暑さが苦手なので、設営を手伝った後、日中は三女を連れて、真夏の昼間でも30度以下と涼しい、徳山ダムへ出かけた。
道の駅「ふじはし」から、国道417号を約30分北に走ると徳山ダム展望台に着く。
展望台にはダムについての説明があり、 高さ161m、幅471mのロックフィルダムで貯水量は日本一。ダム湖の面積は13平方キロメートル!長野県の諏訪湖(11.8平方キロメートル)よりも大きく、貯水量は6億6000万立方メートルは浜名湖の2倍だとか…。
※後述する徳山ダム会館で資料がもらえる
ダムの展望台からトンネルを3つ超えると、徳之山八徳橋(とくのやまはっとくばし)に出る。そのまま直進すれば国道471号が旧塚集落まで続き、塚より冠林道を経て福井県まで続く。
いつもなら、そのまま国道終点まで出かけて林道ツーリングを行うのだが、今日はダムを見るのが目的だから橋は渡らず、左折して徳山会館へと向かう。
徳山会館は、旧徳山村記念館+ダム会館+ダム湖展望台だと思ってもらえばいい。展示資料は見るべきものはとくにないが、自販機、トイレ、レストランもあるから休憩にはいい場所。
そして、お勧めなのは芝生広場やテラスから見える、ダム湖の展望。双眼鏡(無料)も2本あって子供には楽しいと思う。右の写真はダム湖の形の芝生広場。このダム湖には旧徳山村全8地区が沈んでいる。かつての徳山村を知ってる人には感慨深いものがあるだろう。
僕は10年ほど前、民家を取り壊している最中に、旧徳山村の民話をマルチメディア化するためこの地を訪れ、ゆかりのある人に話を聴いた。
徳山ダムが計画されたのは昭和46年に遡る。高度経済成長期であった当時と現在は事情も異なっており、今となってダムの是非はどうなのか、よくわからないが、この地を訪れる人は、かつて、この場所には1500人ほどの人々が暮らしておりダムが出来ることによって全員が移転を余儀なくされたことを知っていていてほしい。失われた自然も、失われた人々の暮らしも二度と戻ることはない。
余談だが、徳山ダムを見て思い出すのは御母衣ダムのことだ。このダムについては「温故知新の旅 -荘川村- 歴史をみつめる荘川桜」という文章を書いているから時間があれば読んでほしい。
「進歩の名のもとに、古き姿は次第に失われていく。
だが、人の力で救えるものは、なんとかして残してゆきたい
古きものは古きが故に尊いのである」
昭和30年代、御母衣ダム事業を推進する当時の電源開発初代総裁、高碕達之助氏が残した言葉だ。氏が救った二本の桜は「荘川桜」としてダム湖沿いに見ることが出来る。
御母衣ダムにせよ、徳山ダムにせよ、進歩の名のもとに失われたものは大きい。
関連リンク
徳山ダム公式ウェブサイト
http://www.water.go.jp/chubu/tokuyama/
『水になった村』公式ホームページ
http://web.mac.com/polepoletimes/iWeb/7C4C51EE-E…
※日本最大のダムに沈む村を15年にわたって追ったドキュメンタリー映画「水になった村」の公式サイト
『水になった村』予告編@youtube
http://www.youtube.com/watch?v=3VVN2HLdpbw
投稿者: Dakiny 日時: 2007年8月26日 23:42 |
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