カブトムシ
2006年7月30日 03:22
カブトムシをつがいで購入した。
母の買い物につきあって、実家近くのJAへ行ったら、「カブトムシ つがいで300円、カゴ付き400円」とあったので、生き物の好きな三女を喜ばせようと、店の親父に声をかける。
私 :カブトムシありますか?カゴ付きでください。
親父:まだあるかな?ちょっと待ってね、
カゴの中にはオスが2匹残っていた。
親父:こっちは死にかけだから…
と言って、元気のいいほうをケースに入れてくれる。
私 :安いですね。
親父:安いのはうちだけ。
親父:死にかけもは売れないから、こっちもあげちゃおう。
私 :ありがとう(^^;
親父:うーん、メスだけじゃ売れないな。
親父:じゃ、メスもサービスだ。これでカブトムシ終わり。
私 :ありがとう(^^;
私は、何も頼まなかったが、2匹の値段で4匹のカブトムシを入手した(笑)。
自宅に戻り、三女に見せると「やった!」と言い大喜び。
オスどうしを同じカゴに入れておくと喧嘩するので、ケースを分けることにした。
おがくずや餌を買いに彼女を連れてホームセンターに行く。
車中で今、保育園では男の子の間で、いかにカブトムシが流行っているか!ということを一生懸命、話してくれた。
ホームセンターでは、カブトムシの餌(ゼリー)、木、おがくず、おがくずに湿気を与えるチューブ等を購入し、ついでに「これを買うの」という三女に、カブトムシの形をした虫カゴを買わされた(^^;
自宅に戻ると、涼しくなって元気を取り戻したのか、オスどうしが角をつきあわせて喧嘩している。
どうやら死にかけではなく、暑さ負けしていたらしい。
オスを引き離して、つがい別にケースをわける。
だが、三女は可愛がりすぎて動物を早死にさせる名人である。
ケースを持ち上げてゆすったり、おがくずに潜っているメスを探したりしている。
可哀想だが、このカブトムシたちも永くはあるまい(苦笑)。
投稿者: Dakiny 日時: 2006年7月30日 03:22 |
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四十九日すぎるまでは何かと忙しい(浄土真宗大谷派の場合)。
2006年7月29日 22:59
写真は浄土真宗で用いられる「三つ折り本尊」と呼ばれるもの。
仏壇に飾るため、本日、岐阜市内の仏具店にて3,980円で購入。
※掛け軸や三つ折り本尊でなくても、蓮如上人は「木像より絵像、絵像より名号」と言い残したので、紙に南無 阿弥陀仏と書いて貼っただけでも問題ないはずである。
さて、本題。
母を伴い、5日に亡くなった父の過去帳やご本尊等の仏具を購入に行く。
確か岐阜市の東別院近くに仏具店で、「浄土真宗大谷派のご本尊をください」と言うと、「像でしょうか?」と聞かれるので「掛け軸や、三つ折り本尊で一番小さなものを見せてください」と言って、いろいろ見せてもらう。
で、私が選んだのは「掛け軸」ではなく写真の「三つ折り本尊」。その他、過去帳、過去帳を置く見台、練炭、わら灰、お経本を併せて購入し、計1,0280円を支払う。
仏具の購入は終わった。
過去帳を購入したので、本日住職が居ればついでに預けてこようということになり、連絡をとると在宅であったので、そのままH寺に向かう。
「芝生がきれいですね」と言うと、S住職は「雨が降るまで芝刈りをしてました。雨が止んだらまた芝刈りをします」と笑顔で答えた。
巷話もそこそこに過去帳に記述するのでついでに、院号をつけてもらうよう依頼をし、規定の金額(8万円)を納める。
これで、お寺の用事も終わった。
後は、法事に来る親族のための準備がある。15人ほどの参列者があるのだが、実家は狭い上、真夏の仕出しはリスクが大きい。法要の後は料理屋を借りることにした。場所をどこにするか、内容をどうするか、金額をどうするか?
それが終われば、香典不要に関わらず、断り切れなかった香典に対するお返しをしなければならない。
遺族は四十九日すぎるまでは何かと忙しい。
参考になれば、幸い。
投稿者: Dakiny 日時: 2006年7月29日 22:59 |
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今日の出来事:岐阜県庁の隣のヘリポート
2006年7月26日 23:58

▲岐阜県庁(手前)と岐阜県警察本部庁舎(奥)
仕事で用があって、久々に岐阜県庁を訪問する。
ふと目にするとし、県庁の隣にヘリポートのある、庁舎によく似た建物が建っている。
帰ってネットで調べたら、2006年4月12日より落成式の行われた岐阜県警察本部庁舎であり、バリアフリーも考慮された建物であるとのこと。
詳しく知りたい方は下記サイトを参照されたい。
岐阜県警察本部庁舎建設工事
http://www.gifukenkei-kouji.com/
考えてみれば、県庁近辺に緊急時のためのヘリポートがあるのは当然のことで、従来なかったのが不思議なくらいだ(笑)。
投稿者: Dakiny 日時: 2006年7月26日 23:58 |
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OHM Reflection レフランタン
2006年7月23日 23:54
山登りもキャンプも道具をそろえれば、お金のかからない遊び。
とはいえ、道具は安くはないので順番に買いそろえている。
本日、フィールドギアとしてランタンを追加。
先日ジープ仲間のキャンプに参加したとき、豪雨で早々にテントに非難したもの、小さな懐中電灯では何もするこできなかったので、ランタンがあるといいなと思っていた。
雰囲気があるのはガソリンや灯油で、次はガスを燃料とするランタンであるが、扱いになれない子供の事も考え、安全性と簡易性から電池式にした。
とはいえ、非常時用のよくあるランタンはキャンプ場の雰囲気に合わないので却下。
少しでも、ランタンの雰囲気のあるものを探し、オーム電機のLEDランタンを約2500円で購入した。
防滴仕様で、単1アルカリ電池4本で160時間連続点灯と経済的な上、明るさが調節できるのが便利だ。
望みはしないが、非常時にも役に立つことだろう。
参考になれば、幸い。
投稿者: Dakiny 日時: 2006年7月23日 23:54 |
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CDMA 1X WIN G'zOne W42CA
2006年7月22日 23:12
2年以上使用したFOMA N900iのバッテリーあがりが酷く1日も保たない。
これじゃ仕事にならないので、番号引き継ぎになるまで待てず、キャリアをアウトドアマンに人気の高いG'zOne W42CAに変更した。
この機種は防水だから、登山やハイキング、キャンプを趣味とする私にとっては雨を気にすることなく気楽に使うことが出来るがありがたい。
ただし、DocomoからAUに変更した一番の理由は、単純にG'zOne W42CAがほしかったわけではない。
Winによるパケット通信定額と家族割りによる通信費のコストダウンを図るのが目的だ。
DocomoからAUに乗り換えた身近な人々によれば、Docomoショップで出してもらえるシュミレーションは、必ずDocomoが安いのに、実際に乗り換えるとAUが数千円は安くなったと…(苦笑)。
高3の長女は最初からAUで、妻は先日水没させてからAUの乗り換えたので、併せて中2の次女が使う利用範囲の狭いPHSも解約して、AUの携帯に変更した。
母の携帯もまもなくAUに変更する予定。
※AUは登録台数の中で余った通話時間を回せるのがありがたい。
AUショップで登録が完了した後、Docomoショップで解約と番号移転通知の契約を行い、その日のうちに移転完了。
便利な時代になったものだ。
投稿者: Dakiny 日時: 2006年7月22日 23:12 |
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非常時用、電池不要のライト2種
2006年7月21日 03:15
各地で豪雨による災害が起こっている。
停電時が夜間であれば脱出するのに一番大事なのは灯りだ。
今回は電池不要、安価で使い方の簡単な非常時用ライトを2種類紹介したい。
上の写真は5分ハンドルを回せば、150分点灯が持続するLEDライト。1500円ぐらいで購入。
サイズが170mm×50×60mmと他同様の機種に比べ大きく重いが、白色LED5灯採用により、かなり明るい。
また、発電用のハンドルは大きく、しっかりしているので回しやく、発電作業は楽である。
非常用としてだけでなく、日常用としても充分活用できそうだ。
携帯の緊急充電用アダプターも付属しているから、私は車に入れておくことにした。
こちらは化学発光のライトステック。確か1本100円ちょっと。
説明書によれば6~8時間発光する。
たとえ他のライトを持っていても、電池交換時に役に立ってくれることだろう。
いずれも、似たものは多いから店頭で確かめて気に入ったモノを購入すればよいと思う。
備えあれば憂いなし。
参考になれば幸い。
投稿者: Dakiny 日時: 2006年7月21日 03:15 |
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7月15日-16日 mixi三菱ジープ部第5回強化合宿 in 琵琶湖畔牧キャンプ場
2006年7月17日 04:41

▲琵琶湖に面した緑地公園は多い
7月15、16日と、琵琶湖のほとり、近江八幡市にある通称「牧キャンプ場」とよばれる緑地公園で開催された、mixiの「三菱ジープ部第5回強化合宿」に参加してきた。
強化合宿といっても、ジープでハードなトライアル競技を行うのではない。ただ集まってキャンプするだけで、「友情を強化するための合宿」の意味である(笑)。
当初私が幹事ではあったが、この5日に父を亡くしており、幹事はM氏に引き受けてもらった。
※M氏に感謝。

▲勢揃いした三菱ジープ
午後3時頃までに大半のジープが集まったので、近江八幡市内のサティへM氏と買い出しに行く。
夕食のメニューはオリーブオイルと塩胡椒で味付けしたイタリア風海鮮炒めと焼きそば。
朝食のメニューはクロワッサンとベーコンエッグ。
帰路激しい夕立、タープを張っていないので何もできず、しばし非難。
雨がやんだのでM氏を中心に調理にかかる。
10時近くなってまた激しい雨、朝まで止まず。
テントに早々に戻るも、服が濡れているので気持ち悪くてなかなか寝れなかったが、気がつくと朝である。ゴアテックスのシュラフが水分を吸ってくれて朝になったら衣類は乾いていた。
朝食は100円均一で購入したフライパンで私が全員のベーコンエッグを作る。
薄いフライパンは余熱が使えないからサニーサイドエッグにはむかないことを知る。
バターがあったからスクランブルエッグにすればよかったな。
今回も同伴者は中2の次女で、彼女の趣味は読書であり、ヒマさえあれば本を読んでいる。
2日間、木陰にディレクターチェアを持ち込み、冷えたシュースを飲み菓子を食べながら、本を読んですごす。
環境変化には強いので、雨にもかかわらず、大好きな読書を堪能できて楽しかったらしい。
投稿者: Dakiny 日時: 2006年7月17日 04:41 |
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今日の哲学:葬儀は何のために行うのか?
2006年7月12日 16:32
本日のコラムに書く文章は、常々疑問に感じていたことでもある。
慣習から大きく離れた極論であるので、こんな考えもあるのだなぐらい読み流していただければ幸いだ。
7月11日午後7時より、父の七日法要を行った。
七日法要は、多くは葬儀の後、遺骨が帰ってから行われる。私たちもそうしたが…、一応正式に…。
と書けば聞こえがいいが、僧侶も呼ばず、中陰壇(仮壇)の前で喪主である私が拙い経を読み、家族が焼香しただけの粗末なもの(苦笑)。
さて本題。
葬儀は何のために行うのか?
私にとっての宗教(仏教)は生きていくための指針ではあり、崇高な哲学ではあるが、仏も浄土もわかりやすく教えを語るための手法であると考えているにすぎない。
つまり宗教はリスペクトするものの無神論者だ(笑)。
よって、葬儀は故人を無事極楽に届けるために行う儀式などなどとは決して思わない。
葬儀とは『親しい人々が故人と別れるためのセレモニー』と考えている。
親しい人が亡くなれば、多くの方は悲しい。それは人として当たり前の気持ちだ。
お経は故人を偲ぶためのBGMにすぎず、通夜や告別式の終了後に集まって食事をしながら故人についての思い出を語ること。
現在の葬儀の主はこちらではないかと考える。
であるとすれば、遺影ではじめて故人の顔を知る人は呼ぶ必要などないと思うのだ。
要職についている方の家族が亡くなった場合、大半の参列者は社交辞令で来ているにすぎない場合が多いから、呼ばれないほうがありがたいだろう。
無宗教の人の葬儀であれば、僧侶は呼ばず遺族や友人のみ集まり、遺体を前に一晩酒を飲食を行うだけ終わり。そんな葬儀であってもいいと思う。
香典て何のためにあるのか?
父は社交辞令の贈り物は大嫌いだった。
贈るのはともかく、もらうのは大嫌いであった。
とはいえ、モノを貰うことが嫌いであったわけではない。
ごく親しい人々からの季節を問わずの手土産は喜んだ。
香典は何のためにあるのか?
葬儀費用や遺族の今後の生活に対する助成金であろならば意味もがわかるが、
では香典返しとは何か?
遺族の手間や葬儀費用を嵩ませるだけの全く意味のない慣習にすぎないと思うのだ。
父の場合は、故人の性格もあり香典はお断りとした。
ゆえに香典返しもない。
慣習だからと決めつけないで、当たり前のように香典を受け取るのではなく、受け取るのか、受け取らないのかの是非ぐらいは考えてほしい。
戒名は何のためにつけるのか?
まぁ、俗にいうあの世の名前だ。
いろんな文を読むと、寺院によれば何十万、何百万とかかり、支払う金額に応じて位の高い戒名をつけれくれるらしい。
釈迦の教えでは仏の下では人は平等なので、位の高い戒名などナンセンスもいいとことだ。
父は浄土真宗で葬儀を行ったので、教えに基づき法名をつけてもらった。
葬儀を頼んだS住職は生前の父に面識がなく、法名もそれなりのものにすぎない。
院号は母の希望によりお願いした。
特別なお金を払ったわけでなく、本山の決めた金額+αを支払ったのみ。 ※浄土真宗には戒がないので、戒名とは呼ばれず法名と呼ばれる。
まぁ、無宗教の方が何十万と支払い、戒名をつける意味なんてない。
墓は何のためにあるのか?
父の墓を作る予定はない。
一周忌に本山(京都にある東本願寺)に納骨し、永大供養をお願いする予定だ。
※浄土真宗の教えでは墓は必ずしも必要なものではなく、墓を持たない寺院も多い。
なぜならば、我が家は女子ばかりであるし、弟は独り者だ。
どこに墓を作ろうが、1世紀たたずして必ず無縁仏となる。
盆にも花のない墓はあまりにも寂しすぎる。
まして山のように積まれた墓石は惨めだ。
数十年で参る人間のいなくなる墓ならいらない。
法要に併せ京都へ行き、ついでに京都見物してくるほうがよほどいい。
葬儀はもっと、もっと自由であっていいと思う。
形式的でない葬儀は、故人を想う気持ちは極めて本質的で真摯な葬儀である。
あたりまえのように葬儀を行うのではなく、「葬儀は何のため行うのか」「戒名とは」「香典とは」「墓とは」、もっともっと、その意義を考えてもよいと思う。
形式的な葬儀から逃れるためには、生前から準備しておくことは必要だ。
生きているうちに、家族や葬式コーディネイターと話し合う機会を持ちたいものだ。
葬儀の後、高3の長女と少し私の葬式を語った。
娘:お父さんはどんな葬儀がいい。
私:マーラーの『復活』を流してくれるといいな。
娘:葬式で『復活』はまずいだろう(苦笑)。
私:教養のある人だけしか意味がわからないからいい。
娘:ひねてるね。
私:ひねくれ者は、最期までひねくれ者らしく(笑)
参考になれば幸い。
投稿者: Dakiny 日時: 2006年7月12日 16:32 |
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父亡くなる その6 住職と相談
「父亡くなる その5」の続き
本日(11日)、午後7時に浄土真宗大谷派H寺にS住職を尋ね、中陰法要(四十九日)を含め、いろいろ相談をしてきた。
不躾な話しであるが、そこは庶民の宗教であること、(阿弥陀様も)許してくれるであろうと、聞きにくいお金の話も尋ねてきた。
まず、仏壇についてである。実家には祖父母を祀った日蓮宗の仏壇がある。これを処分して新たに仏壇や厨子を購入すべきかどうか訪ねると、処分するにはしのびないので、ご本尊のみ変えて生かしましょうという。
次に、中陰法要に必要な仏具についてである。ご本尊(掛軸)と過去帳(浄土真宗では位牌は用いない)が現在ない。これについては、寺では扱っていないんので仏具屋で購入すればよいとのことであった。
そして、現在中陰壇(仮壇)に祀ってある白木の位牌は中陰法要までの仮のものであり、法要が終われば燃やして処分する。
仏壇には過去帳が置かれることとなり、事前に法名を記載するので中陰法要までに過去帳を持って来ていただきたいとのこと。
ところで法名であるが、これは真宗大谷派では男性は釈○○、女性は釈尼○○と決まっており、生前に社会的に高い貢献をした人には上に○○院なる院号をつけることが許される。
父には院号をつける資格があるので、お値段をお聞きすると、真宗大谷派では値段が決まっており、ご本山に8万円以上納めればよいとのことであったので、過去帳を持参する時点でつけていただくことにする。
他宗派の方は驚かれるかもしれないが、阿弥陀如来の前では皆平等であるとの親鸞上人の教えは千年の時を経ても徹底しており、浄土真宗大谷派では、法名は本山では1万円、院号は8万円支払いさえすればつけてもらえる。庶民にとってはまことにありがたいことだ。
最後に、中陰法要の相場を聞き、お車代を併せてこれぐらいでお願いしますと頼んで(苦笑)、S住職のもとを辞した。
まぁ、そんなことで、無事中陰法要の打ち合わせは終了し、帰路実家で仏壇のサイズを計り、書店でCD付きお経本を購入し、自宅に戻る。
仏具はインターネット通販で調べて購入するとしよう。
さて、明日(12日)は初七日法要である、お寺の帰路購入した、お経のCDとラジカセを持って行うこととする。
「父亡くなる その7」へ続く
投稿者: Dakiny 日時: 2006年7月12日 04:46 |
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父亡くなる その6 住職と相談
「父亡くなる その5」の続き
本日(11日)、午後7時に浄土真宗大谷派H寺にS住職を尋ね、中陰法要(四十九日)を含め、いろいろ相談をしてきた。
不躾な話しであるが、そこは庶民の宗教であること、(阿弥陀様も)許してくれるであろうと、聞きにくいお金の話も尋ねてきた。
まず、仏壇についてである。実家には祖父母を祀った日蓮宗の仏壇がある。これを処分して新たに仏壇や厨子を購入すべきかどうか訪ねると、処分するにはしのびないので、ご本尊のみ変えて生かしましょうという。
次に、中陰法要に必要な仏具についてである。ご本尊(掛軸)と過去帳(浄土真宗では位牌は用いない)が現在ない。これについては、寺では扱っていないんので仏具屋で購入すればよいとのことであった。
そして、現在中陰壇(仮壇)に祀ってある白木の位牌は中陰法要までの仮のものであり、法要が終われば燃やして処分する。
仏壇には過去帳が置かれることとなり、事前に法名を記載するので中陰法要までに過去帳を持って来ていただきたいとのこと。
ところで法名であるが、これは真宗大谷派では男性は釈○○、女性は釈尼○○と決まっており、生前に社会的に高い貢献をした人には上に○○院なる院号をつけることが許される。
父には院号をつける資格があるので、お値段をお聞きすると、真宗大谷派では値段が決まっており、ご本山に8万円以上納めればよいとのことであったので、過去帳を持参する時点でつけていただくことにする。
他宗派の方は驚かれるかもしれないが、阿弥陀如来の前では皆平等であるとの親鸞上人の教えは千年の時を経ても徹底しており、浄土真宗大谷派では、法名は本山では1万円、院号は8万円支払いさえすればつけてもらえる。庶民にとってはまことにありがたいことだ。
最後に、中陰法要の相場を聞き、お車代を併せてこれぐらいでお願いしますと頼んで(苦笑)、S住職のもとを辞した。
まぁ、そんなことで、無事中陰法要の打ち合わせは終了し、帰路実家で仏壇のサイズを計り、書店でCD付きお経本を購入し、自宅に戻る。
仏具はインターネット通販で調べて購入するとしよう。
さて、明日(11日)は初七日法要であるお経のCDとラジカセを持って行うこととする。
投稿者: Dakiny 日時: 2006年7月12日 04:46 |
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父亡くなる その5 家族葬の後
2006年7月10日 03:19
「父亡くなる その4」の続き
8日(日)、朝、生きていれば父の誕生日に贈る予定であった、トレッキングシューズ「ナイキ タカオ」を抱え自宅に向かい、仏前に供える。
この日は母、弟とともに弔問者の応対に追われた。
昨日、訃報を知らされた父の知人が次々にやってくる。
まずは、葬儀を故人の遺志により内輪で執り行ったことを詫びる。
幸い、いずれの方々も父と親しい方ばかりであったので「先生らしい」と苦笑していたのが幸いだ。
家族葬は故人の遺志とはいえ、義理で参加される方は別にして、故人と親しい方や世話になった方々にしてみれば理解し難いもので、「どうしてすぐ知らせてくれなかった」と言われることも多い。
ゆえに、第一に故人の遺志により内輪で執り行ったことを、まず深く詫びねばならないのだ。
平日の昼は私や弟は同伴できないので、母には悪いがお相手していただくこととしよう。
ところで、中陰壇(仮壇)を見て、大事なものがないことに気づく、本来ならばなければならない、ご本尊(阿弥陀如来)がない。
火曜日の午後に寺へ行き、中陰法要(四十九日法要)の打ち合わせをしてくるので、その時にでも相談するとしよう。
「父亡くなる その6」へ続く
投稿者: Dakiny 日時: 2006年7月10日 03:19 |
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父亡くなる その4 父の誕生日プレゼント
2006年7月 9日 01:56
「父亡くなる その3」の続き
8日、午後一杯をかえて、弟と、昨日の葬儀のお礼の挨拶と支払いに回る。
お寺、葬儀社、花屋、果物屋、主治医の順に回った。
※花と果物は直接、弟が手配した。
残る手続きは月曜以降でなければ出来ないので、無事完了。
実家に戻ると、妻、長女、三女がおり、今晩泊まるというので、明日アルバイトがあるという長女を連れ、途中で夕飯の買い物をし自宅に戻ると、次女から荷物が届いていたので受け取ったと言われた。
その中には(老齢ではるが健脚で山歩きが好きな)父の81歳の誕生日に贈る予定で頼んであったナイキ タカオもあり、「もう少し早く届いていれば、棺に入れてあげられたのに…」とぼやくと、長女が「おじいちゃんの仏前に備えれば喜ぶよ」と言うので明日持っていくことにした。
「父亡くなる その5」へ続く
投稿者: Dakiny 日時: 2006年7月 9日 01:56 |
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父亡くなる その3 告別式
2006年7月 8日 03:52
「父亡くなる その2」より続き
午前8時に弟に起こされる。弟は昨日従兄弟3名から献花代を預かっていたので、朝から枕花の注文をしていた。
布団を畳み、顔を洗いヒゲを剃り、衣類を整えている最中、妻、娘達が到着。
午前10時00分、市内に住む叔母、岡山県より母の兄弟達と、父の親族が到着。岐阜市内に住む従兄弟が順次到着。
午前11時、僧侶到着。
午前11時30分、告別式開始。参列者は遺族、親族、近所の方々併せて30名ほどのささやかなもの。
午後0時30分、出棺。準備しておいたルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」で霊柩車を送る。
午後1時30分、納骨式。
午後2時、初七日法要
午後2時30分、精進落とし
午後4時、親族を会場に呼んだタクシーが見えなくなるまで見送る。
無事、告別式終了。
弟と妻、三女は母とともに実家へ
私は長女、次女を自宅に送り、一時会社に顔を出す。
長女、次女と夕飯をすませ、実家に戻る。弟は私と交代で自宅に戻り、私は母と父の遺影の前で故人の思い出を少し語り、深夜12時に寝る。
「家族葬」は葬儀屋任せというわけにいかず、喪主である私は遺影や葬儀のBGMを作っただけ、当日は挨拶をしただけであったが、その他雑務を行い終始走り回った弟や妻はさぞ大変であったと思う。葬儀がうまくいったのも彼らのおかげである。心より感謝したい。
「父亡くなる その4」へ続く
投稿者: Dakiny 日時: 2006年7月 8日 03:52 |
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父亡くなる その2 通夜
「父亡くなる その1」より続き
さて、本日は通夜であり、午後3時に実家を出棺であるので、それまでに遺影を作り実家に持っていかねばならぬ。
午前9時に事務所に入り、まずはデータ探し。妻が三女の七五三の時の父の写真が記憶に残っていたので探す。
データが見つかったので、家族と共に写っていた画像から父のみをトリミングし、余計な背景等をPhotoshopで削除する。
640×480ピクセル程度の画像を四つ切りから、A3で出力するために画像を補整して出力する。
2時間半ほどかかって、私の目からみて問題のない遺影は完成。
次に音楽テープを作らねばならないが、今時音楽テープなど販売してないない。これは行きがけにCDラジカセを購入していき、合間にCDから録音することにした。
ところが、先日引越してCDは荷造りしたままであり、探している時間も惜しいのでCD屋で購入。
午後2時、遺影、ラジカセ、CDを持ち実家に到着。
到着すれば、弟と妻は親戚(大半は岡山県)にFAXを流したり、電話応対をしたりと大変であった。
私が喪主だというのに、大事なことを任せてしまってすまない。
午後3時に父の遺体は寝台車で運び出され、一宮市にある斎場へ向かう。
妻に電話番のため1時間ほど後で来てもらうようお願いし、私たちも斎場へ向かう。
遺影は父は湿っぽいのが嫌いであったので、黒リボンはなしとした。
会場に用意したスィングジャズが流れる中、順次、親族が集まり始める。
午後6時、僧侶が到着したので挨拶をする。
午後6時30分、遺族、親族、駆けつけていただいた近所の方々で通夜を行う。
午後7時すぎ、通夜が終了し、親族は控え室で叔母(父の妹)を囲み食事を交えながら、故人の思い出話しなどをする。
午後9時、親族も帰ったので、留守番を弟に頼み、妻は母、次女、三女を連れて実家に戻り、私は疲れ果て具合の悪くなった長女を自宅に送り、シャワーを浴びて斎場に戻り、遺体に対峙しながら灯りの番をし、午前6時に仮眠をとる。
「父亡くなる その3」に続く
投稿者: Dakiny 日時: 2006年7月 8日 02:38 |
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父亡くなる その1 危篤から葬儀の準備まで
2006年7月 6日 09:46
誰もが経験することであるが、私の父が満81歳の誕生日10日前に亡くなった。
私は父を「小さな葬式」で行ったので、「家族葬」や「小さな葬式」に関心のある方はお読みいただきたい。
経過を書こう。
7月5日木曜日、午後3時、「父倒れる。意識不明」の知らせを妻より聞く。
一瞬、私は誰が倒れたのか見当もつかなかった。
なぜならば、私の父は、当日の昼に会社の書類に印鑑を押し、にこやかに妻を見送った人物であるからだ。
突然、倒れて、救急車で病院に運ばれたそうだ。
急遽、父が運ばれた岐阜県病院に駆けつけるが、父は意識不明で、主治医のT先生の話を母と共に伺うと、「極めて重傷の脳内出血であり、ここ2~3日の命でしょう。また、脳幹にダメージをうけており、奇跡的に命をとりとめても意識が戻ることは二度とないでしょう」とのことであった。
いつでも病院に来れる準備をしてくださいと連絡を受け、いったん自宅に戻ってすぐ、「容態が急変したので来てほしい」と連絡があり、娘達を乗せ、駆けつける途中の車中で、「午後11時30分、父亡くなる」の知らせを聞く。
葬儀関係に知人を持つ弟の手配で、葬儀社の方がみえ、いったん自宅に遺体を運ぶ。
喪主は長男である私に決まった。葬儀をどう行うかを、母、弟と葬儀社の方を交えながらすすめる。生前の父は長年教員を務め、県の校長会副会長や、日赤の理事を務めた人物であるので、普通に葬儀を行えばかなり大がかりなものになるが、生前の父の話を思い出し、また父の性格を考えると、小さな葬儀を望んでいたようであるので、親しい方々にも知らせず、親族のみでささやかに見送ることにした。
また、香典は一切いただかないこととした。
僧侶は私の意向で浄土真宗大谷派で手配をお願いした。
葬儀社の方にふたつほど、故人の意向を汲んで、わがままを言わせていただいた。
ひとつは、遺影である。父はオシャレな男とであった。既存の写真を写真館に頼んで引き延ばしてもらっても、見栄えのよい写真にはならないので、一番よい写真を選び私が引き延ばすことにさせていただいた。
もうひとつは、葬儀の音楽である。父が生前「俺の葬儀にはJAZZをかけてくれるといいな」でと言っていたので、故人の一番好きなルイ・アームストロングの「この素晴らしき世界」をかけさせていただくことをお願いした。
私は遺影を作ったり、出棺のテープを作ったりせねばならぬので、親族の連絡等を弟と母に託して、午前4時解散。
「父亡くなる その2」に続く
投稿者: Dakiny 日時: 2006年7月 6日 09:46 |
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